模写による弊害と利点。
マンガの図像学(っぽいもの)、今回は模写について。
マンガ(イラストなども含む)で飯を食おうと思ったことのあるひとは、どこかで二つの相反する言葉を聞いたことがあると思います。
「絵はとことん模写しろ、そこから自分の絵を掴み取れ!」
「絵は絶対に模写するな、自分の絵は自分にしか描けない!」
互いに矛盾するように見えるこの言葉、さて、どちらが正しいのでしょうか?
理想なき模写は悪である。
絵を模写するということは、描かれた対象物そのものを模倣することにほかなりません。ですからここでは模写の練習をすることで、模写とは何か、模するべきは何なのかを掴んでみましょう。
参照図 星野桂『D.Gray-Man』より。
キャラクターが左奥から右手前へ突進する、迫力のある画面です。
まずはこの絵を見ながら各要素を出来る限り模写してみましょう。
1.見て書く。
服のシワや影のつきかた、身体のパーツ位置などに注意しながら模写したのが、この絵です。各部分は確かに似ているものの、全体的には残念なことになっています。顔が正面を向いており、手足の角度に伸びがなく、躍動感や、画面的なメリハリがなくなりました。これではとても模写とは言えません。なぜなら元の絵があらわしたものを、まったく模していないからです。
では、元の絵があらわしていたものとは何か。それは煎じ詰めれば「キャラクターが左奥から手前へ突進する」ということです。そこで私は次に、元の絵を見つめ、その運動の在り処を記憶し、見ないで模写することにしました。
2.根性入れる。
そしてできあがったのがこちらの模写図です。本物には遠く及ばないものの、一段階前のものに比べると格段に「左奥から手前へ突進している」のが見てとれるでしょう。注目してほしいのはこの絵自体の完成度ではなく、一段階目から二段階目への、変化です。同じ絵を二度模写することで、大きな違いが現れたことに「模写」という行為の中にある弊害と利点が浮かび上がるのです。
良い模写、悪い模写、普通の模写
先に出した先人の言葉を思い出してください。
「絵はとことん模写しろ、そこから自分の絵を掴み取れ!」
「絵は絶対に模写するな、自分の絵は自分にしか描けない!」
この二つ、実はどちらも正しいのです。前者は絵の中に潜むものを発見し、描き出す能力を高めるために、先人の発見した手法を絵そのものから学び取る、という意味で正しい。そして後者は模写することで見えなくなるものへの危険性を警告している、という意味で正しい。
私は三年ほど前に、仕事上でのミスを原因に、絵の道(仕事)を諦めてしまいました。しかし、本当の原因は、私自身が「絵」に対する敬意を抱けていなかったことなのだと、今では思います。私は絵を描くのが恐ろしくなってしまった。絵は素晴らしい、現実にはないものを私たちに与えてくれる。だからこそ、絵は恐ろしい。
模写とはいえ、久しぶりに絵を描いて、私は、絵を描くということが、自分をさらけ出すということなのだと、思い知りました。どうか絵を描くひとだけでなく、普段絵を描かない皆さんも、一度、いや、必ず二度、模写に挑戦してみてください。そして、自らのうちにある風景をさらけ出すマンガ家という職業に、敬意と愛を。