絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

『GoGo』 第八話 『道具』

 灌木の隙を抜ける蛇のように、鮫島の身体が床上をすべった。
 火を噴く独製の鉄器を握りながら現れた黒衣の集団は"さめじま"という偽名を持つこの美しい生き物には気づいていなかった。
 破壊すべき対象としての"眼鏡をかけた中年男性"を探すその目共には、黒いタールに身を包んだ白い生き物が、見つけられなかったのだ。
 鮫島は身を翻し仰向けになると、地面と平行に黒衣の集団の足下に滑り込んだ。
 扉の蝶番が外部からの衝撃によって砕け支えるべき扉からゆっくりと手を離して三秒を数えたとき、黒衣の集団は足元から死の圧力を感じた。
 鮫島の右手に握られている刃物、それが太股の内側にある固定器から外されるのを見た者はいない。全員死ぬからだ。左手には平岡の机にあった真鍮の鋏があった。
 平岡はその机の下に隠れていた。机は特殊鉄鋼で覆われ、銃弾を通さない。
 鮫島の右手から生えた流麗な金属が、銃を構えた黒衣の隙間から脇の下へと這い進み、皮膚と筋肉の細胞を分離させながら、肋骨と肋骨の間にその位置を決め、内臓へ進入した。
 その金属のアンカーを手掛かりに、鮫島は上半身を起こした
 特殊部隊と言われる集団は、多様な防護服を身につけている。銃弾を食い止めるジャケット、刃物を通さぬ布地。特に布地はチェーンソウの刃にすら耐えるものが使われている。そのような布地に食い込む刃があればこその接近戦であった。そして、接近戦において刃物が服を貫通し、胴体へ達したあとの対応がマニュアル化されている場合は少ない。なぜならそのとき、その隊員は死んでいることが多いからだ。
 充分な訓練を済ませているはずの男たちが、その間に立った少女を、一秒間、見ていた。鮫島にはその一秒で充分だった。左手の鋏が左に立つ黒衣の口中に消えた。続いて肘から先を切断された男の同僚の下顎が地面に着いた頃、六人から二人に減った彼らは事態の深刻さに気づいたが、その発見が他の人間に伝えられることはなかった。
 なぜなら引き金に指をかけながら向けた銃を鮫島に器用に掴まれた二人の勇気ある若者は、互いの銃から発射された弾丸で顔面を砕かれて、残念なことに口がなくなってしまったからだ。
 返り血を浴びて鮫島が唇を舐めた。
 上気した肌に、興奮の色が見えた。

「鮫島君、次は僕の番だ」
 机の下から陽気な平岡の声が聞こえた。
「君は隠れていたまえ」
 廊下から粗野な足音が響き、ドアのあった場所から銃口が覗いた。
 一斉に火が噴き出され、本棚が砕け掛け軸が散り花瓶が破裂した。
 廊下には背中を壁につけた特殊な人々が八人。
 瞬間。
 地面を揺るがす重低音と部屋を照らす青い光が一閃。
 壁の後ろに立っていた特殊な男の頭が、壁と共に消えた。

「あははははははは」
 特殊鉄鋼机の上に備え付けた巨大な銃の背後で平岡が高笑いを続けていた。背骨に響く音がするたびに、廊下側の壁には二十糎ほどの穴が開く。隠れている特殊な人にも、持っている銃にも、その向こうの壁にも、だんだん大きくなる穴が開いた。
「あははははははは」
 続けて何度もはらわたにひびく音がした。
 自信に満ちあふれた特殊部隊が、病弱な自分の手で簡単に死んでいくことが楽しくて仕方ないのだろう、メガネがずれるのも構わずに平岡は撃ち続けた。
 特殊部隊は全滅した。
 馬鹿のつかう馬鹿の兵器で全滅した。

 地下の通路を歩きながら鮫島は考えた。
 自分には人を殺す才能がありかつそれは生き残る才能でもある、だからこそ平岡に拾われたのだし優雅な生活も手に入れることが出来た、その平岡は何の才能があって生き抜いてこられたのだろう、立ち回りが巧い訳じゃない、法螺は吹くが嘘はつかない、本人は病弱だと言い張るが単に面倒臭がりなだけだ、詩のようなものを書いてはいるがあれはつまらない、まるで高校生が書いたみたいだ、詩といえば新庄とかいったっけあのいつも平岡に詩を聞かされていた若いの、死んじゃったのかな、かわいそうに。

 やがて、事務所のあったビルから遠く離れた地下駐車場の出口に平岡の車がすべり出た。運転は平岡、助手席に鮫島。
 夜の町にはあれほどの殺戮が行われた気配もない。
「これ、遠隔スイッチ。押すかい」
 平岡が百円ライターのような装置を鮫島に渡した。
 何機ものヘリが平岡の事務所に向かって飛んでいく。
 目前には検問所が見える。

 鮫島はスイッチを押した。