絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

機動旅団八福神1巻ISBN:4757720920

『第三話 檄ヲ飛バス』に出てくる布施幹男の台詞について考えてる。(敬称略)
110ページからの断片的な言葉をつなげていく言葉遣い、どこかで見たことがあると思ったら黒田硫黄の作品だった。

113ページ1コマ目
「それは別にいい」
「俺は興味ない」
「よくある」
「つまらない」

が特にソレっぽい。
 これ、こういう話し方って、共通の基盤があるのか。自然な話し方(ぼくは興奮しつつ考えながら話すとこうなります)を表現したら偶然似たのか。
 後者なんじゃないかな。会話の現実味を出すために、相手の台詞が終わる前にフキダシが重なるといった表現は、24年組ではスタンダードだし、モノローグにおける"てにをはの狂い"は、大島弓子がよくやっていた気がする。
 逆に、演劇的なダイアローグといえば『おおきく振りかぶって』のひぐちアサが思い浮かぶ。『ヤサシイワタシ』の二巻終わりごろは、しょうじきこっぱずかしかった(好きですけど)。

閑話休題
それにしても布施の台詞は何かを想起させる。

115ページ
「みろ」「砲台が泣いている」
「時代錯誤だと笑われてないているぞ」
「敵が来ても1発も撃てないインポテンツだと」
「嘆いているぞ」
「これは骨董品か」
「さもなくば美術品か」
「このレーザービームの時代に」「無用の長物だ」
「竹槍だ」
精神主義だ」

 この部分は、非常に演劇的で読んでいて気持ちいい/恥ずかしい。前述したひぐちアサのダイアローグに比べて恥ずかしさが少ないのは、練習した感があっても「そのキャラがいつもそんな事を考えているのだ」というふうに想像できるからだし、フキダシが分かれていて、考えながら喋っている間が表現されているからだと思う。
 あんにゃもんにゃ。
(追記:三島由紀夫に似ている、という意見をどっかで読んだ!ぼくはよくわからんので詳しいひとがいたら教えてほしいです)