絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

演技と演出の「あたりまえをふやす」勉強会 第三回@北新宿

 こんにちは、麻草郁です。無料ではじめる演技と演出の勉強会、今回は予想以上の30名の参加者に囲まれてしまいました。そして現場はなんとまたもや調理室、ははは。
 はじめは写真を撮って勉強会の様子を伝えよう……と思っていたのですが、ロケーションが困難なため、文字での記録のみになりました。当日のレジュメを見ながらなるべく正確に再現しようと思いますが、なにしろ4時間の長尺なので書ききれません、そこで、イントロだけ書いてみますので雰囲気を感じてくださいませ。今回は20代前半から10代の演技初心者が多く参加してくれ、和気藹々とした「授業」な雰囲気でしたよ!

イントロダクション

 まずは挨拶から。こんにちは。
「こんにちは」
 こんばんは
「こんばんは」
 おかえり!
「…ただいま?」
やあ!
「…(くすくす)」
 ぼくが「こんにちは」と挨拶すると、参加者のみなさんは「こんにちは」と返してくれます。そこで「こんばんは」と言葉を変えれば、やはり「こんばんは」と返してくれる。でも「やあ!」と声をかけると……どうも、麻草郁です。
 「こんにちは」と言われたら「こんにちは」と返す。あたりまえのことですね。でも、いきなり知らない人に「やあ!」と声をかけられたら、緊張してしまう。何て返したらいいのかわからないからです。
 あたりまえのこと、世の中にはたくさんありますね。たとえば今の挨拶もそうだし、いつも歩いている道、通勤通学の道路を毎日「あれー?どっちだっけ?」と迷うことは……ないですよね?!(ここで何人かに質問し名前を聞き)この「名前」というものも、あってあたりまえだと思って使っているけれども、知らなければ呼ぶことができません。ほかにはどんな「あたりまえ」がありますか?(「地球は丸い」との答えが)
 そう!地球は丸いんです!って「あたりまえ」って今思いました? でもね、ほんの数百年前まで平べったかったんです……じゃなくて、平べったいと多くの人に思われていたんです。でも高い塔に登って景色を眺めたり、実際に海を渡ってみるとそうじゃないらしいってことがわかった。もちろん実際に確かめるまでは本当かどうかはわからないけど、さまざまな人が確かめた結果、新しい「あたりまえ」ができたんですね。
 あとは「歩く」というのも「あたりまえ」にしていることですね。ちょっと立ってもらえますか?その場で一歩前に踏み出して、そう!いまこうやって「ふとももに力を入れて、地面から足の裏を離して、ひざを曲げるのを忘れないで!腰をまわしながら上げた足を移動させて、重心も同時に移動!太ももの力を抜きながらひざをまっすぐに、足の裏を地面につける!」なーんて考えながら一歩前に出した人います?これも「あたりまえ」のことで、歩きながら突然「あれ?!どういう風に歩いていたっけ?」ってわからなくなって、こんな風に歩いたりすることはない(特殊な歩き方の披露)。手、足、首、ここにあるということを僕たちは「あたりまえ」に知っています。
あたりまえ」のことをするときには、緊張や興奮はありません。では緊張するときって、どんなときですか? 知らない人の前に出るとき?やったことないことをするとき? オーディションとか緊張します?(何人かに質問)そうですねこれから何が起こるのか「わからない」と、人はどうしても緊張してしまいます。それが「あたりまえ」になってしまえば、もう緊張はしない。
 さ、ここに僕の元生徒がいます(元生徒H君とA君が並んで座っている)。初対面の皆さんには優しい僕ですが、元生徒には厳しいんです。いまから質問してみましょう。
麻草「H君、演技って『あたりまえ』のことですか、それとも普段とは違う『特別なこと』ですか?」
H君「特別なことです」
麻草「という誤解が演劇を学ぶ人の間で蔓延しているのです」
A君「ばっさりだ(笑)」
 「演技って特別なもの」僕も、その思い込みがあることに気づくまで、ずいぶん悩みました。どうして僕らはあたりまえのことをするのに緊張しているんだろう? 歩いたり、友達と喋ったり、泣いたり笑ったり、普段はしていることを演技に置き換えたとたんに緊張してできなくなるんだろう? あるいはどんな演出をされても同じ演技しかできないんだろう? 脚本の解釈が一義的でつまんない演技を繰り返すんだろう? ひざを曲げて前かがみで顔をくしゃくしゃにして客席に向かって叫ぶのは気持ちいいかもしれない、でも演技ってそればっかりじゃないだろう? あるとき、それが大きな誤解の上に成り立っていることに、気づいたんです。
 演技には、さまざまジャンルがあります。素のままに見える演技もあれば、ミュージカルのように「あたし、アニー!」みたいに大きく動くものもある。もし演技というものが違うものなら、これらは全部違う技術を使っているはずです。でも、演技できる人は、だいたい全部の演技ができる。静かな動きのない演技も、大きくて派手な演技も。それは演技できる人が常人よりもすごい才能を持っているから? もちろんそれはあるでしょう、才能とたゆまぬ努力ってものは、どんな世界にいたって必要なものです。でもそれだけじゃない、F1ドライバーだからって、戦闘機に乗れるわけじゃないし、絵が描けるからって漫画家になれるわけでもない。でも演技の世界ではジャンルの横断がふつうに行われています。それはなぜか。
 演技というものは、どんなジャンルのものであれ、普段の動きの拡張や整理したものだからです。整理と拡張、パターン化を突き詰めれば歌舞伎や宝塚になりますし、雑多な情報を未整理のまま拡張せずに置くと(演出上の整理は厳密に行われるのですが)静かな演劇になります。
 ところが、演技を普段と違う「特別なこと」だと思い込んでいると、どうしても「演技するときの心」や「演技するときの肉体」を、演技するそのときに作り出そうとしてしまう。それは全然「あたりまえ」ではないし、いきなりできることでもありません。だから緊張しちゃう。打たせ湯をしないで熱いお風呂に飛び込むみたいなもんです。あっつい!危ない!
 演技するということは、特別なことではありません。皆さんは普段から演技していますし、普段の動きだって「あたりまえ」と思わなければ驚きと発見の連続です。歩ける!すごい!見える!すごい!
 要は「あたりまえ」をふやしていけば、演技はおのずとできるようになりますし、いらん緊張も消えるのです。
 というわけで、今日は皆さんに「あたりまえのふやしかた」を経験して持ち帰っていただきます。よろしくお願いします。

思考実験

 「麻草郁の勉強会」なんて名前ですから、なんか難しいことばかり押し付けられるんじゃないかなー、なんて思っている人もいるかもしれませんね。何しろ今回下は15才から上は三十むにゃむにゃ……とにかく中学生には難しい言葉もたくさん出てくるかもしれませんからね。どう?わかる?(「がんばります」と中学生)
 さて、まずは中学生にも、この言葉をおぼえて帰ってもらいましょう。「思考実験(黒板に大きく)」聞いたり読んだりしたことのある言葉かもしれませんし、全然知らないという人もいるかも。今日は調理室ということで、机がびっしり並んでいるし、皆さんにはノートとペンを持ってもらっています。体を大きく動かせないから窮屈に思う人もいるかもしれません。でもこれは「勉強会」ですからね。皆さんには存分に「思考実験」をしてもらいます。この言葉、読んで字のごとく「頭の中で実験する」という意味です。
 世の中には頭の中で実験するしかないこともたくさんあります。(ここでトポロジーシュレーディンガーの猫やら説明したけど割愛)。たとえば紙を何回折ると月へいけるか、皆さん知ってますか?1mmの紙をこう二つに折ると、2mmになります。もう一回折ると4mm。
 月への距離は、およそ38万4400キロメートル(黒板に図)地球の外周はおよそ2万キロですから、そのおよそ19倍ですって言ってもよくわかんないですね。ちなみに半周するとブラジルに着きます。今日集まってもらったこの北新宿まで、新大久保の駅から歩いて来てもらいましたね、結構な距離でしたけど、あれがおよそ1キロです。つまり、地球をまっすぐ一周するにはあれを2万回繰り返さなきゃいけない……月へ行くにはそれを38万回です。さ、何回折ると月に行けるかな(「8億回」という答え)それは……多くない?!
 実は、たったの32回でいいんです。一回折ると2mm、二回目はその倍で4mm、三回目はその倍で8mm、そのまま繰り返していくと、最後は19万キロを二倍することになります。ね、結構単純でしょ。
 ところが紙というのは、そんなに伸びないんですね。一枚の紙を折れるのは7回まで、それ以上は折れた紙の厚みが紙自体を破ってしまうんです。だから紙を折って月に行くには、19万キロ伸びる紙を使わなきゃいけない、でないと最後にメリメリメリメリっ!って破けちゃう。
 だからこれは、思考の中で実験するしかない話なんです。
 演技というものは、本当のことだけど本当ではありません。舞台の上で動いている役者は本当にそこにいるけど、演じている内容は嘘です。たとえそれが実話をもとしていても、いまそこで実際に起こっているわけではない。でも、役者は実際にそこで泣いたり笑ったりしていて、起こっている出来事自体は本当なんですね。ややこしい?
 演技というのは、本当にはできないことを本当のようにしてみる、動く思考実験なのです。
 ではね、皆さん立ってください。今からイマジネーションストレッチというのを体験してもらいます。ふつうのストレッチは筋肉を伸ばしますが、このストレッチは脳を伸ばします。

イマジネーションストレッチ

 まずは手首、ぶらぶらさせたり、触ったりして確かめてください、そしてゆらして、ゆらゆら。手首が揺れたら次にそのゆれがひじに伝わります、そして肩、肩をぐるぐる回してください、そして胸。胸は肩を前後させるとわかります、肩をぐーっと前に押し出したり、後ろに引いたり。首をぐるーりとまわして、ゆれがいきわたったら腰、腰を前後左右に動かして、すると膝もゆれてきます、ひざがぐるぐる回ったら、足首。さあ、ゆれを戻しましょう。ひざ、腰、胸、肩、ひじ、手首……ふたたびゆれが伝わっていきます、ひじ、肩、胸、腰、ひざ、足首……ここから体を少し離れていきましょう。地面、地面にゆれがつたわっていきます、体全体が揺れて、地面も揺れて、そのゆれが伝わって、新大久保の駅まで1キロの距離を伝わっていきます。そのまま一気に飛びましょう、東京都! 東京都全体が揺れてます、関東平野、日本! 日本海と太平洋をゆれが伝わって、アジアからシルクロードを通ってヨーロッパを越えて、太平洋をぐーっと進んでいったゆれがそのまま2万キロを進んでいって、ブラジルで手をむすぶ! ぎゅーって地球を包み込む。ぎゅー。ふと上を見上げると月がある。さあ、手を伸ばして、38万キロの彼方までは遠いけど、倍、さらに倍にしていけばたった32回で届く! ぐっと伸ばして! もうすぐ手が届く!月に触れそう!触れた!指先に月の砂が触れる!(パン!と手を叩き)目をあけて!……おかえりなさい。
(聴衆は口々に「ただいま」と返答)

まとめ

 というわけで、イントロだけですが勉強会の一部を紹介させていただきました。勉強会はその後「発声の仕組み」「共鳴の仕組み」「音量、音程、音質」と進み、更にはパラドックスとジレンマを経験してもらい脚本における多義性の解釈、そして最後は舞台における所作のパターンについて紹介と続きましたが、長くなるので割愛します。おおくの「あたりまえ」を知り、持ち帰ってもらえたんではないかと思います。更には今までの「あたりまえ」を発見し「あたりまえじゃねーなー」と気づく楽しさとか。
 次回のテーマは「わかると嬉しい、わかんないと楽しい」でお送りします。2月13日(土)の予定ですので、興味のある方は是非ご参加を。参加費は無料です。
 問い合わせ、ご連絡は麻草まで。vinylbug@hotmail.com