絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

後日談、あるいはおれの友達。

かんがえるはやさ、思考の速度。
「チューニング、のところがわかりにくかったな」と友人は言った。
 深夜に、近所のパブで彼と飲んだ、といっても彼は酒が飲めないから、おれだけが何かのロックを飲む。名前を忘れたその酒は、歯医者の味がした。友人はジンジャーエールを一口なめて、話を続けた。
「ぼくもね、今日『あたし彼女』を読んだ、面白かったよ。最初は使うべき言葉も知らなかった彼女が、次第に考えるための道具を得て、自分の希望や未来に気付いていく過程がうまく描けていたと思う。『アルジャーノンに花束を』の前半と同じ効果だね。だから君の書いていることはわかるんだけど……どうしてその手法を自分の文章に使えないのかな」
「でも書き直したよ、最初よりはわかりやすくなったと思ってるんだけど」と、おれ。
「だからさ、どうしてチューニング中心の話にしちゃったのかな、って思うんだ。それってつまり……きみはどう思ったの、あれを読んで」
「おれは……流し読みして、すごいなって思ったよ、手法として。ただ効率が悪いから……」
「全部読んでないんだろ。それではね、まったくあの手法を理解したことにはならないんだよ」
「どういうこと」
「彼女の主観である前半部分、彼氏の思考をトレースする中盤、そして医師の出てくる後半と、新しい言葉を得たあとに語られる彼女の感想。これがおおまかに分けた『あたし彼女』の内容だ、どう思う?」
「どうって……」
「こうして順番に並べると、まるで『学習』を辞書で引いたみたいだろ」
「疑問があって、回答を知って、解法を学んで」
「応用問題。きみさ、生徒が教科書をパラパラめくってその教科を学んだって言ったらどうする」
「……呆れる」
「だろ?学ぶっていうことは、知るってことじゃない、自分で体験して初めてわかることなんだ……きみが普段から言ってることだけど」
 おれは歯医者の消毒液を飲み干し、バーテンにおかわりを頼み、彼に言った。
「じゃあおれは、ずいぶんと間抜けなバカをさらしたことになるな」
 彼は笑って「そうでもない、読んでないのにあの結論に達したことは、評価されるべきことだよ」と言った。
「でもね、考えることも思うことも、頭の中で勝手にできることだからさ、気をつけないと『読みもしないで怒るひと』たちと同じことになりかねない、たとえそれが賞賛だとしても、きみだってうれしくないだろ?」
「いや、まったく、その通り」
 やがて歯医者の消毒液が美味しく感じられるようになったころ、おれたちは解散した。一人で家に帰りながら、空を見上げると、ぶ厚い雲の切れ間に細い上弦の月が浮かんでいた。友人が微笑んでいるようで、おれは恥ずかしくなって下を向いた。酒に火照った頬に冷たい夜風が心地いい。間抜けなバカをさらして、また学ぶんだ。脳が小さくスパークして、自然と笑みがこぼれた。