絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

残念な文章にならないために。

 友達から「おもしろそうだけど難しそうだから代わりに読んで」と、ある本を渡された。

非線形科学 (集英社新書 408G)

非線形科学 (集英社新書 408G)

 新書だし、難しいってこたないだろう、と思って開いてみると、案の定こんなことが書いてある。

科学も単に論理一本やりの世界ではありません。それはイメージ豊かな世界であり、感じられ生きられる世界でもあります。したがって、そこには日常語で効果的に伝えることのできる多くの情報があるはずです。ごく基本的なロジックと組み合わせることで、日常語の潜在力を科学的知識の伝達のためにフルに生かすことはできないだろうか。それが可能なら、高校生や文系理系の大学生、サラリーマンや主婦(主夫)にとって、現代科学を今よりもずっと親しめるものにできるのではないか、と思います。
(『非線形科学』まえがき7P)

 まったくもってその通り、科学論文なんて数ページ進むともうチンプンカンプンだし、数式なんてもってのほか。わかりやすく書いてくれたら素人のおれでも理解ができる。……んだけど……。上の引用で、おれが何を言いたくてウズウズしているのか、勘のいい人は気づいているだろうが、とりあえず続く冒頭からも引用してみよう。

アイロンやホームこたつは、温度制御装置としては最も単純な非線形システムと見なせます。温度が線形の法則に従って単調に変化するのではなく、上昇と下降の間を切り替える自動制御機構がそれらには備わっているからです。まったく別の例として、栄養物の入った容器の中で増殖するバクテリアを考えてみますと(以下略)
(『非線形科学』プロローグ P13)

 パッと見ただけでも「温度制御装置」と「自動制御機構」が見た目に黒すぎるし、「単調に変化」や「上昇と下降の間」なんていつも喋るような言い回しじゃない!それに「線形の法則」と「増殖するバクテリア」なんて、いきなり出されてもちょっと困る。ここでおれは書いている人の思っている「日常語」というものの、あまりの堅さに驚くのだ。
 おれにとっての日常語で書くと、上の文はこうなる。

アイロンとか電気ごたつとかは、すげーシンプルなんだけど、「非線形」なんだよね。てのは、温度がまっすぐにあがってくんじゃなくてさ、暖まりすぎると勝手に電源が切れて、冷えるとまた勝手につくじゃん?関係ないけどバクテリアってのがいてね、こいつはエサをあげるとすげー増えるんだけど、閉じた箱の中だと(以下略)

 くだけすぎか。
 丸谷才一が『文章読本』でこんなことを書いている。
*今回の主題とかぶるんで、丸谷せんせいには申し訳ないけど現代仮名づかい、新字で引用します。

最初の段落で言えば「閑却」「問題的」「注目」「要求」というような、評論につきものの四角四面な口調のせいだろう。ここで大事なのは、しかしこれらを世話に砕いたのでは話がぼやける。あるいはすくなくともぼやけがちだということで、たとえば「閑却しがたい」を「ほうっておくわけにはゆかない」と和らげたのでは間延びがする。締らない。観念を水割りで供することになる。そこで文章の凝縮のためには、というよりもむしろ、短い時間のうちに一かたまりの内容を鮮明に伝え、相手に印象づけるためには、どうしても「閑却」が必要なのである。観念はやはりストレートできゅっと一杯ひっかけなくちゃならない。
文章読本』第五章 P101<単行本の方。文庫版は持ってません。

文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)

 で、元の文章と改編版を見比べてみると、どうだろう。文字数も似たようなものだし、そもそも間延びして悪い文章ってわけでもないのだから、何も「自動制御機構」なんて大上段にかまえなくてもいいではないか。
 文章は、書いているひとが普段から使っている言葉でつづられるべきだとおれは考える。なぜなら偉ぶったり格好つけたりして普段使わない言葉で書くと、使い方を間違えて意味が通らなかったり、変に冗長でつまらない文章になることが多いからだ。
 科学エッセイはよいものだ、化学も物理も生物も、素人のおれでも危なくないように、ひととおり浅瀬で遊ばせてくれる。若い頃に読めば人生を大きく変えかねないし、進路が決まったあとで読んでも、何かの役にはたつ、と思う。『非線形科学』は丁寧に書かれた良い本だから、興味のあるひとは読んで損はないだろう。それにしたって、ひじょーに惜しい。
 科学エッセイを読んだことがないというひとのために、入り口として適当に並べてみる。タイトルが気になったものだけでも一冊読んでみてほしい。ああもちろんお好きな方の「これは代表作じゃないだろう」みたいな意見はあるとは思うが、その辺はコメントなりなんなりでお気軽にしてくれるとうれしい。

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)

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ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語 (ハヤカワ文庫NF)

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神は妄想である―宗教との決別

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カール・セーガン 科学と悪霊を語る

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奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究 (ハヤカワ文庫NF)

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親指はなぜ太いのか―直立二足歩行の起原に迫る (中公新書)

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ものが壊れるわけ

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ロウソクの科学 (角川文庫)

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 これらの本に対するすぐれた紹介はいろいろあるので、余計なことは書かない。どれもおもしろかった、と記しておく。