日本ホラー小説大賞受賞作『夜市』垣川光太郎
読み終わって一番ふしぎだったのは、こわくなかったということ。びっくりして読み直したが、やっぱりどっこもこわくない。なんだこれ。そういえば、主人公が頭と終わりにしか出てこない、真ん中でちょっとゴネるけど、物語には影響しない。それで「ああ、探偵モノなのか」と思い、納得した(本当はしてないけど、便宜上した)。
そう、探偵モノの形式に従えば、こういうあらすじになる。
<語り部>は<探偵>に誘われて奇妙な場所へ向かう。
<探偵>は過去の罪を懺悔し、奇妙な場所で死を選ぶ。
過去は清算されるが、罪の連鎖は残る。
<語り部>は、その想いを抱いて生き続けるのだ!
ね、これ、なんかどこかで読んだことある気がするでしょう。これは「探偵が死ぬ」というジャンルの「定番」です。っていやいやいや、待って、これって日本ホラー小説大賞の大賞受賞作品だよね。
倒れた。これはすごい(ひどい)。
というわけで、DISってみようのコーナーだよ。
ひどいことを書くからそういうのが嫌なひとは読まないように!
まず「泣いた」とか言ってる連中が、探偵とその罪の話に泣いている、というところがすごい。つまり、多くの読者は本筋(語り部と探偵の物語)よりも、脇道の方(探偵とその罪の物語)が記憶に残っているのである。
なぜそんなことが起こるのか。それは、この語り部が、ミスディレクションを誘うためだけに準備された、ニセの「死に要員」だったからだ。本当は必要ないのに、トリックを成立させるためだけに、作られたキャラクターなのだ。
さて、あらすじを分解してみよう。
- まず「死に要員」に見える語り部に、死亡フラグが立つ。
- ところが探偵は罪を認めて自らを犠牲にしようとする。
- そこに第三者が現れて事件を解決する。
- 第三者は、探偵の過去の罪における被害者だ。
- 被害者によるトリックの説明がなされる。
- 探偵は既に罪を償ってしまい、そこにはいない。
泣けるねえ、自己犠牲の精神だ。このトリック部分が、泣くとこであり、ホラー小説として、驚くべきところなのだそうだ。
審査委員の高橋克彦氏は
たとえ百人の物書きが居たとしても、後半のこんな展開は絶対に思い付かないだろう」
とさえ書いている。
ってバカ、冗談言っちゃいけない。そりゃあ思いつかないだろうよ、ホラー小説大賞に探偵小説を贈る、なんて芸当はさ。こういうのを一般的には反則と言うのだ。
どうなのよ。探偵モノの定番が、ホラー小説の史上最高傑作って売られているんですよ。
「たかだか宣伝文句」と無視する向きもあるのだろうけど、ぼくは、なんだか、双方のジャンルに対する、大いなる侮辱であるように思うのだ。
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「死に要員」というのは、戦争映画に出てくる新兵や、主人公に嫉妬している軍曹などのことを指す。そいつらは死亡フラグが立つと必ず死ぬ。新兵は故郷の恋人の写真を見たら死ぬし、嫉妬していた軍曹は主人公に心を許すと死ぬ。
最近は、フラグが立った時点で、観客が「あ、こいつ死ぬわ」と思うのを逆手にとって、わざと「死に要員」を出し、フラグを立ててから「死なない」という手法が主流だ。
(夜市はその手法をとっている)
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