絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

火星のアイドル

 おれの名前はムッソリーニ、グラビアアイドルのマネージャーだ。
 今日は火星の衛星フォボスで撮影。月に一時停泊した船の船長とひと悶着。テロの危険性にびくついて、船を出さないと言い出しやがった。これだから古いタイプの人間は困る。なんとか無理を言って出港してもらった。
船の窓から見える月は次第に小さくなり、ほしぼしに隠れて見えなくなった。やがてフォボスに着き、ホテルへ移動。荷物を片付けて、ロケ地に向かった。
 テラフォームの進んだフォボスは、むかしで言えば、地球のアリゾナあたりに似ている。もう地球じゃどこに行っても黒い雲の下で、水着の女が股を開いたって誰も興奮しない。フォボスは地形がでこぼこしているから、地平線が丸く見えるのも気にならない。いい衛星だ。晴れた空に浮かぶ赤い星が、おれたちを見ていた。
 撮影は順調に進んだ。大きな崖の真下にある、人工的に作った川の中で、水着に着替えたアイドルが笑っていた。崖と言っても巨大で、大きな山に左右を囲まれているように見えた。上の方には、これまた巨大な橋が架けてある。
 撮影の最中、おれはヒマだ。エロカメラマンなら監視の必要もあるが、今回は青年誌のグラビアだ、おれはただぼんやりと撮影の風景をながめて、休憩に入ったらアイドルに水でもくれてやればいい。
 おれは煙草を吸いながら、大きな岩に寝転んだ。
 崖の上で橋の根本が爆発した。
 ズ・ズ・ズとにぶい音がして、ゆっくり煙が膨らんでいく。ほんとうは、遠くて巨大な煙がものすごい速さで膨らんでいるのだ。煙の中から大きな岩のかたまりが、こっちをめがけて転がってきた。崖の壁面にぶつかって宙に浮いてから、回転して別の面をぶつけるまで、2秒はかかっている。
 どれだけ巨大な岩なんだろうか。
 おれはアイドルを助けに、川の中へ入った。呆然としたアイドルの腕をつかむが、どこへ行けばいいと言うのだ。大きな岩は、おれたちの方へ向かってくる。とりあえずおれたちは岸にあがり、走った。

 気づくと薄暗く、土の上におれは倒れていた。体中に赤い砂埃がついている。おれの横にはアイドル。見ると、足が片方変な方向に曲がっている。痛くはないらしい、笑っている。
 たぶん薬のせいだろう。アイドルは皆、笑い続けるための薬を服用している。
 大きな岩は、崖の中腹に挟まっていた。あまりに大きくて、底まで届かなかったのだ。撮影クルーは誰もいない。おれはアイドルを背に負うと、ホテルへ向かった。
 アイドルはしきりにおれを心配している。足が折れているくせに、気のいい子だ。おれは彼女の名前を知らない。それをすこし、すまないな、と思った。