絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

どんなものでも5年、10年

 むかしから師匠に言われていた。どんなことでも10年やり抜ければ形になる、5年で作り上げて、あとの5年を駆け抜けろ。20才のときに「お前役者向いてないからやめろ」と言われ、いろんな仕事をした。マネージャーとか、ADとか、文章の仕事をしたり、しなかったりしていた。なにひとつ5年と続かなかった。30代の10年が大事だとも言われた。でもぼくは、30才になってもふらふらしていて、形がさだまらない、もやもやした生き物だった。20代のころは明滅するあかりのなかのきれいな思い出しかない。出会った人々は今でも大切に思っているけど、それらはすべて思い出の中の話だ。
 人間は不定形の存在だ、まわりの人間が型となり、関係性によってその人間は決まった形を持つようになる。ふらふらふわふわしていたぼくには、何の形もなかった。いろんなことができるけど、なにひとつものになっていない人間以前の存在、それがぼくだった。
 17才のときに出会った友達がいた。彼はぼくにたいそう期待をしてくれていて、その期待にこたえられないぼくのことを見捨てなかった。たくさん話をして、たくさんの物語を作ろうとした、二人でいろんなことをやろうとしたし、じっさいやった。ぼくは彼に報いたいと思った、でも、思っただけだった。20代のなかばに彼はいなくなった。もう、どこにもいない。
 脚本を書かないか、どんな題材でもいい。そう言われて書いた作品の初演の打ち上げで、挨拶を求められたぼくは「これは本当にあったお話です」とだけ伝えた。それを言うまでぼくも、その話が何を描いているのか、わかってはいなかった。そうだ、これは本当にあったお話なんだよ。
 あれから5年が経った、ぼくには少しだけ形ができた、できたと思う、たぶん、そうだろう。人間は不定形の存在だ、まわりの人間が型となり、関係性によってその人間は決まった形を持つようになる。ぼくの作品にはたくさんの人たちが関わっている、そのたくさんの交流電灯が同時にまたたくと、その隙間に、彼が現れる気がする。太宰治にちょっと似ていた彼は、いつの間にか美少女になってしまったが、これからもぼくのまわりに遍在する。あと5年、駆け抜けてみよう。