絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

甘いものを食う

 昼、打ち合わせで喫茶店へ。いつもなら何も考えず「ブレンド二つ」ですむところ、向かいの人が体を壊したおかげでコーヒーが禁止となり、何だかついでにおれもメニューを見て考えるはめになった。
 喫茶店で飲み物を頼むときは、その店のオススメにするのが一番楽だ。ルノアールなら柚子ティー、ベローチェならマシュマロマロン。そういうのがない店はブレンド。メニューを見て考えるのが面倒くさい、確かにそれも理由のひとつだろう、いちいち悩んだところで費用対効果にそう差が出るわけでもない。行きつけの店があれば「いつもの」と言いたいのだ、おれは。
 なぜなら、自身のチョイス能力に対する絶対の不信があるからだ。信用ならないのだ。こと飲食に関しては手酷く痛い目に遭ってきた。向いてないどころではなく飲食に呪われているのではないかというくらい、自ら選びに選び抜いてうまかった試しがない。名物に旨いものなしと深川丼の有名店に行ったのに鳥丼を食って生煮えだったり、うなぎの美味しい店との看板に釣られて入ると飯が雑巾臭かったり、せっかくのデートなのにマンボウを食わせる店に行ったらマンボウが売り切れだったり。
 だからおれはもう、自分では選ばないことにした。人が勧めるに唯々諾々と従い、注文する、それでいいのだ。
 ところが今おれは、選択の危機に見舞われている。なんだ、なにを飲めば赦されるのだおれは。向かいの男はおれにブレンド以外を飲めとプレッシャーをかける、おれはメニューに目を走らせ見覚えのある単語に指を粘らせる。「カフェオレください」
ミルクとコーヒーの混合物がおれの前に現れた。なんか思っていたのと違う、それはカップの間口だ、広すぎる、バカみたいに広口のカップから湯気がたっている。おれはそっと一口唇を湿らせると砂糖を手にとった。甘くない、普段コーヒーにミルクも砂糖も入れないおれは、早くも後悔しはじめる、なんだこれは、おれは何を飲んでいるのだ。スプーンでかき混ぜると案の定カップの端から中身がこぼれた。
 鬱々とした帰り道、電車にガタガタン!と乗り込んできた若い男が、ぶつかった若い女へ執拗に大丈夫ですか大丈夫ですかと訊いている。女が少しおびえた様子で「大丈夫です」と答えると、男は胸を張って「僕は大丈夫です!」と応えた。そのあとも続けて男は「確信した、確信を持たないとダメだ」と繰り返した。
 そうだ、確信を持たないとな。おれは少しだけ胸を張り電車を降りた。