絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

いかたん出演者紹介日記

 舞台の演出をしていると、時間の感覚や味覚、触覚がおかしくなっていく。そして目の前にあるものがとても不思議に見えて困る。言葉って何だろう、いまぼくの口から流れ出ているものは、いったい何だろう? 先日、パンフレットに載せるインタビューを受けて、何を言えばいいのかわからず「言葉を細分化していく作業をしています、たとえば『ちょっと、そこのカップをとって』という台詞があったとしたらその言葉を『ちょっと』『そこの』『カップを』『とって』というふうに分割する。そしてなぜ『ちょっと』なのか『そこの』なのかを考える。『そこのカップ』ではなく『ちょっと、そこのカップをとって』なのは何故か、もしくはそれでもいいという理由をつきつめ、そのことについて考え、話します、そういうむやみな集中が、観客に伝染しますように」というようなことを喋った。
 伝染しますように、ただそこにあるものが輝きますように。たくさんの色が重なり合ったセロハンの影絵みたいに嘘が並列せずからんでほどけませんように。すごくすごく面白い何かのためにみなが従属するのではなく、すごくすごく面白いときの記憶のためにみなが楽しみますように。そのためにぼくはなんべん灼かれたってかまわない。
「くだらないことの中に、人間の真実が隠れている」と原作者は言った。人間の真実って何だろう?ぼくにはまだわからない、でもただひとつわかることがある、それは真実というものがただそこにあるわけではなく、あらゆるものの間にかかる力、重力のようなものだということだ。重力を物から切り離して見ることができないように、人間の真実もまたひとから切り離して見えるものではないのだ。
 だから今日から、舞台に出てくれている俳優を、一人ずつ紹介していこうと思う。似顔絵は公式ブログで山村響の描いたものを借用。

山村響 http://www.yamamurahibiku.net/ani-ba/

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 ライブゲスト、歌うためだけにステージに出る役柄だ。けれど彼女は稽古の初日から参加して、すっかり演出助手の仕事をこなしてくれている。演出助手とは、テレビのADや映画の助監督のように、人の間を取り持つ、一番忙しい仕事のことだ。
 この似顔絵を描いたのも彼女だし、各役者の紹介を書いているのも、彼女だ。この紹介でもわかるとおり、気遣いの効く、よーく頑張る子だ。もちろん時折、頑張りが過ぎることもある。あるとき、ぼくが演出をしながら、舞台特有の演技テクニックを説明したときのことだ。みんな感心してくれたのが照れくさかった僕は「これ、豆知識ね」とごまかした。すると突然、彼女は大きく拍手をはじめた。つられて稽古場にいる俳優たちが拍手をはじめ、ぼくはいたたまれなくてうつむいてしまった。でも、うれしかった。こんな風にひとを盛り上げることのできるひとは、きっとお客さんも楽しませることができるから。
 それに、彼女の歌声は、とにかくすごいのだ。これが生で聴けるだけでも5,000円の価値がある、なんていうと彼女は恐縮するだろうか?いや、歌に関してはしないだろう。なにしろ、事務所の社長をして「山村に歌わせればどんな歌でも名曲になる」と言わしめた人物なのだから。

ヒロイン 山ノ辺日記役 溝口小百合

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 初舞台、初主演、あとは何だろう、とにかく初々しい不思議っ娘。あまりに普段から笑顔なものだから、ふと考え事をしたり無表情になったりすると、何か気に触ったのではないだろうかと思うほどに特徴的な笑顔の子。関西弁で「あんなーうちまだ台詞おぼえてへんねん」と真顔で言う。そんなとき、顔を見合わせると、それだけで笑いが止まらなくなる……のは、ぼくのほうにも何か問題がある気もするが、まあとにかくすごい楽観力の持ち主。一緒にいるだけで、何かを成し遂げられそうな誇大妄想が膨らんでくる女、溝口小百合。
 最近した恋の相手は近所の犬。だれにでも吠えるその犬の前に一時間ほど腰を据え、見つめ合っていたら、最後には喉をなでさせてくれたという。たぶん王蟲とも話せるし、シュワの墓所で重大な結論も出せる。
 そう、彼女には何か王の器に似た何かがあるのだ。今回の舞台では、とっちらかった世界にも動揺を見せずに、薄氷の上をスキップで通り過ぎていく役を演じている。しかも恐ろしいことに冷水に頭から落ちてもきっと彼女は笑うのだ。

スーパー舞台『いかもの探偵-IKATAN』

11月29日(土)夜・17時開場  30日(日)昼・12時開場 夜・17時開場
会場:芝浦スタジオキューブ326
詳細:http://www.rams.jp/rat/