絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

9年は長いか短いか。

 25才から9年間、俳優を目指していた男が、先日34才になり、所属する団体に退団届けを出した。自分の職業は俳優だ、と言うことは誰にでもできる。彼は俳優として食っていきたかった、俳優以外の仕事はしたくなかった、それは、叶わぬ夢と消えた。
 芝居をすることが、苦痛でしかなくなってしまった。
 退団届けには、そう書かれていた。
「はじめたのが遅かった」「34才職業フリーター」「親を養わないと」「才能に見切りを」と、誰もが彼を哀れみ、失った9年を惜しんだ。
 その話を聞いて、30年間詐欺師をやってきた男が、おれに言った。
「9年?短いなあ、それであきらめられるんだから、その程度のものだったんでしょうなあ」
 30年間のうち、半分は刑務所で過ごした詐欺師だ。その詐欺師が言う。
「一日を8時間で割ってみなさい、8時間も寝たらしっかり休めるでしょう。8時間も働けば最低限の生活はできるでしょう、ほら、残りは何時間ですか、8時間、そうですな、あなた8時間あったら何ができますか、1年間その8時間を好きなことに使ってみなさい、うまくならん道理がありますか」
 さすがは老練の詐欺師である、風呂にはいつ入るんだ、通勤時間はどこに含まれる、と質問する間もなく矢継ぎ早に34才の彼がいかに駄目であったかを証明してしまう。
「9年間休まず1日8時間芝居を続けたのかと、その上で疲れてしまったのかと問うてみなさい、そんなわけはない。私は3年前に彼を見ました、そしてつい数ヶ月前に彼を見ました。何も変わっとらん、うまくなったどころかむしろ熱を失って下手になっとった、それが答えですよ」
 さて、9年は長いか短いか。