絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

scr::ちぢめてみよう。

 むずかしい文章を理解するには、ちぢめてみるのが一番です。
 でも本文だけをちぢめても、意味がわからないばあいも多い。
 今回は、関連する文を混ぜ合わせ、ちぢめる実験です。
 テキストはこちら。
石舘通信『失踪日記』ロングレビュー
http://comitsu.blog47.fc2.com/blog-entry-37.html
まずはレビュー部分をちぢめてみましょう。

コミカルなタッチで描かれたダメ人間ドキュメントです。
『浮浪者生活』も『アル中』も『精神病院入院』も、それほど珍しい経験ではない
失踪の実体験なら、もっとその本人にしか分からない
ダークな部分を見せる!
コミカルに実体験を見せるのならば、ほとんどの人が聞いた
事も内容な経験のドキュメントにする!
日記と名をつけて出版するにしても世に出すからには、
もう少し『読む側にとって価値のある作品作り』を
考えてほしいなぁ、と感じました。

 まだ長いですね、筆者の言いたいことが全然わかりません。
 もっとちぢめましょう。

『浮浪者生活』も『アル中』も『精神病院入院』も、それほど珍しい経験ではない、もう少し『読む側にとって価値のある作品作り』を考えてほしいなぁ、と感じました。

 おお、何が言いたいのかよくわかりますね。
 ではここに、コメント欄での反応を加えてみましょう。

失踪日記』・・・深く描けば「浮浪者」の話も「アル中」の話ももっともっと読み応えのあるものになる題材だと思っています。

 あまり内容のあることは書いていませんでした。加えるとこうなります。

『浮浪者生活』も『アル中』も『精神病院入院』も、それほど珍しい経験ではない、もう少し『読む側にとって価値のある作品作り』を考えてほしい。 深く描けば「浮浪者」の話も「アル中」の話ももっともっと読み応えのあるものになる題材だ。

 こういうコメント、どこかで見覚えがありませんか?
 そうですね、これはマンガ賞などで読むことのできる、選者のコメントです。わかりやすくするために、題材を「高校生活」「恋愛」「サッカー部」に改変してみましょう。

『高校生活』も『恋愛』も『サッカー部』も、それほど珍しい経験ではない、もう少し『読む側にとって価値のある作品作り』を考えてほしい。 深く描けば「高校」の話も「恋愛」の話ももっともっと読み応えのあるものになる題材だ。

 このテクニックを使えば、どんな作品でもうすっぺらに批判できます。

 余談ですが、ふつう、作品というものは命を削って作られるものです。しかし、その技術力や完成度が低ければ、いくら命を削っても評価されることはない。
 ただここで問題となるのは、技術力や完成度というものは、命を削らなければ見ることのできないものだ、ということです。
 実は、面白い作品というものは、鼻くそをほじりながら見ても面白くない。よく言われる「素晴らしいものは誰が見ても素晴らしい」というのはウソです*1
 なぜならひとは、見たいものしか見ることができないからです。頭の中に確固たる基準があり、それを動かすことができない場合、ほとんどの作品は見るに値しません。
 たとえば絵画を見る場合、美術館という空間へ移動する、ただそれだけで見る側の意識は大きくかわります。足を動かし、普段とは違う世界へ自ら向かい、作品を積極的に理解しようと努力する。そうすることで、絵画を読み取るための集中力が生成されるわけです。
 「素人の意見もたまには良い」という言葉は、そういう場合に使います。移動することに慣れていない素人は、ちょっとした差異で敏感に反応し、大きな感動を得ることができる。
 批評家にとって大切なことは、その敏感さを保ち続けることだと言っても過言ではありません
 そして、一番タチ悪いのが「移動」することに慣れてしまった「半可通」です。移動とは物理的な距離のことではありません。その作品に描かれている世界と、日常との距離のことです。
 半可通は移動に慣れていますから、その距離が与える印象を忘れてしまう。そして移動した先でどれだけ自分の意見に合っているかを確認し、合っていれば好感を持ち、合わなければ批判します。なぜなら、移動することに慣れるということは、移動した先に何があるかを恐れない、ということだからです。
 確固たる信念のもとに、自分の意見と合った作品を見るという行為は、もはや批評とは何の関係もありません。
 
 ここで余談を終わらせて、さいごにもう一度、ちぢめた文を読んでみましょう。

『浮浪者生活』も『アル中』も『精神病院入院』も、それほど珍しい経験ではない、もう少し『読む側にとって価値のある作品作り』を考えてほしい。 深く描けば「浮浪者」の話も「アル中」の話ももっともっと読み応えのあるものになる題材だ。

 なぜこのレビューが唖然とするほどくだらなく、しかし話題にしたくなるほど気になるのか、それがわかるはずです。作品にたいして「ありきたり」という愚にもつかない意見を述べ、尚且つアドバイスまでしてしまうという行為は、その対象となる作品が何であれ、あまりに遠く、そして恐ろしい。
 このレビューを自分とは違う意見だからといって放置すること、バカだからと思考停止することは、その恐ろしさに敗北するということです。
 こんなところで今回の実験を終わります。

*1:マンガや映画というのはそういう意味で差別的なメディアです