絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

ロマンチックが止まらない。

Q:なぜぼくに、答えを訊いてくれないのですか?(匿名)
A:ふと、Gヒコロウ閣下のマンガで「兵器が女の子だったら戦争起こらないのに」ってネタがあったのを思い出した。あと吉田戦車の「犬がぶらさがっている自動小銃」とか。
 とにかく、かわいいものが兵器になっていると、戦争どころじゃないだろう、というのが発想の中心にはあって、それはおれにとっても当然であるかのように思える。だってかわいいもんなあ、もし戦争になったとして、敵兵士が全員おかっぱメガネ少女だったらすぐ投降するもん、おれ。殺せないよ!おかっぱメガネ少女は。
 ところが現実の戦場では「女子供の方が動きが遅いから殺しやすい(© Stanley Kubrick)」ので困る。どんなにかわいい兵器を投入しようと、暴力が支配する世界では、それらは「かわいいターゲット」でしかない。あっ、そういや膣に異物を挿入すると爆発する「美少女爆弾やさしくしてねちゃん」ってのもいたなあ(吉田戦車はド変態だなあ)!
 小島君が以前「2chで匿名のまま議論しているのは思春期のいたいけな少女なんですよ!ちょっと強がりで、わがままで、煽られるとすぐ怒り出して……『もう来ねェよ!』って言ってるときは涙ためてますよ!」と言っていたのも同じ理由だ。これは「匿名で議論をふっかけてくるやからは何がしたいのか」という問いに対する説明になっていると思う。少女ではなくとも、思春期に人間は「自分」と「他人」の区別がつくための壁を乗りこえる。ところが、壁の上に登るとそれが壁ではなく崖の上であることに気づくのだ。そう、壁の向こうにあるはずの「自分と他人の区別が簡単につく場所」などというものはなく、いつまでも自分と他人の境はあいまいで、状況によって判断しなければいけないということに気づくのだ。
 そんな怖いことがあるか、誰もルールを決めてくれないなんて!大人になったら自然に区別がつくようになると思っていたのに!そういう不安が誰の心にもある。部下の気持ちがわからない上司、バイト先で年上を叱る若者、誰もかれもが「大人って意外とちゃんとできてない!」ということに不安を感じているのだ。
 対応はいろいろだ。当り散らすやつ、泣きわめいて助けを求めるやつ、わかったふりをして我慢するやつ。さいごのが「おれの方が頭いいよゲーム」の主人公、つまりぼくであり、きみだ。ぼくたちは「わかったふり」をする、世界の仕組みを見通したふりをして、何とか耐えようと考える。だけど世界はぜんぜんわかんない、わかったと思ったらすぐに手のひらからすりぬける。わかんない。
 わかりたい、わかんない、その繰り返しだけじゃつらくなる。自分の脳内だけじゃ、答えが正しいのか間違っているのか、そもそも答えがあるのかすらわからない。だから、Webに自分のおもいついた答えを書く、答えあわせをする、確かめる、誰かに採点してもらいたいと思う、実行する。電波チラシも、ブログも、Web日記も、出会い系も、全部おなじだ。
 ぼくらはずっと、答案用紙を出し続けている。誰かが採点してくれるのを待っている。だけどほしいのは「きみの回答」じゃない、きみが考えた答えじゃない。ぼくはきみに採点されたい、きみの知っている真実が知りたい、だけどそんなものはどこにもない、だから訊かない。ぼくはきみに質問しない。
 戦場で「かわいいもの」に意味がなくなるように、きみとぼくの境界はあいまいだ。きみはぼくに答えを教えてもいいけれど、それは弾丸のようにぼくをつらぬかなければならない(もしくはやさしくしてねちゃんの膣を貫く陰茎のように)。つらぬくことで境界は生まれる、きみが匿名でいる限り、きみがぼくではないという保障はない。だからきみはぼくに採点されることを待っていてはいけない、きみはぼくをつらぬいて、きみがぼくではないことを証明しなければならない。そのときをぼくは待っている。