絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

『地下室の中でイザベッタは』

 犬が嫌いな人なんて、いるのかな?
 あの媚びるような目。叩いても、叩いても、ぼくの後ろをついてくる、従順なまなざし。煮てよし、焼いてよし、種類も豊富なあの犬という生き物を、嫌いな人がいるなんて信じられない。
 パンツを脱いで、ちんちんを握ったまま、考えた。
 部屋には出し忘れたゴミ袋が七個。脱いだ服と抜けた毛。畳の隙間に入った小銭。
 テレビには、豪邸に住む金持ちの醜悪な笑顔と、犬の目をしたタレントのねじくれた顔が映っている。
 時計を見た、午前九時、ちんちんは硬い、布団は冷たい。
 犬が好きだ、犬の腹の毛が好きだ、ぱんぱんに張った腹の、柔らかい毛が好きだ。
 豪邸のダイニングに、朝食が運ばれてくる。朝食だというのに、金持ちの食事についてくる鉄の丸いフタがかぶせられていて、格好いい。執事が椅子をひき、タレントがおごそかな態度で座る。
 タレントが、夜中の番組で生き別れの両親と再会するのを、見たことがある。同じ顔だ。
 金持ちが、指輪でいっぱいの両手を広げて、料理の名前を言う。
 執事が金属の丸いフタを開ける。
 ぼくがちんちんを握る。
 白い湯気の中で煮え立っている器、その中には四角い肉片と濃い茶色のシチュー。
 タレントが大げさに驚いて、ナイフとフォークを手にとる。
 生き別れの両親がうれし泣きしている。
 あの肉は犬だ、口に含んだ瞬間、彼は気付く。
 タレントがロケット花火で撃たれる場面のリピート、スタジオは爆笑。
 ちんちんが硬いのと、同じくらい確かなことだ。
 犬の肉汁がとびはねて、油が舌にまとわりつく。彼は言う。
「おいふぃ〜い」
 味わってくれ、味わってくれ、と犬の肉が叫ぶ。
「おいふぃ〜い」
 タレントは喜んで喉を鳴らす。顎を大きく開き、前歯で噛み切り、奥歯でこねまわす。
 金持ちが満面の笑みで執事を殴り飛ばす。
 ぼくたち四人は口端から唾液を垂れ流しながら、歓喜の喉笛を鳴らす。
 喜悦の涙を拭きながら、ぼくたちは次にどうすればいいのかわからない。
 右手の速度があがる、金持ちがタレントの隣で微笑んでいる、執事は死んだ、テレビが歪む、タレントが焼けた器に頭を突っ込んで肉をすする、金持ちは執事の死体から猟銃を取り出す、ぼくは肛門に指を突っ込む、タレントがシチューで濡れた顔をあげる、金持ちが猟銃の引き金を引く、ぼくは射精する。
 金持ちが射精する、ぼくが脳漿を飛び散らせる、タレントは死んでいる。