絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

id:churos:20040611

わたしは「紅い花」を、なにやら幻想的な話だなあ、と今年まで思っていて、紅い花とはあれですよ血ですよみたいなことを他人が話している聞いて驚き(引用者中略)紅い花でこれだから、たぶん小説とか全く読めていないんだろうなあと思って暗鬱とします。

 ぼくはそれを「読めていない」とは思いません。映画『ゲンセンカン主人』のいちエピソードとして作られた『紅い花』では、キクチサヨコの股間からサッ、サッ、と流れ出るのは血ではなく紅い花であり、他のなにものでもありませんでした*1。マサジが見たものが「ほんとうは」何であれ、それは「紅い花」だったのですから、それを経血であると解釈したところで、マサジの気持ちがわかるわけでもなく、単に「この絵は額に汗をかいているから暑いのだ」といった、当たり前の読み解きと同じものだと思えるのです。見えたもの、書かれたものを、違うものとして考える。小説を読む、漫画を読むというのは、そのような行いであってはならない。ぼくはそう思います。

参照

おそらく、「美しい花」は、誰にもさわられず、そのまま咲いていて欲しい、というファン心理なのだが……。

≪漫画の映画化≫ 「ビリーバーズ」感想   長谷川和彦http://www.tcn.zaq.ne.jp/wonderbear/kanbiri.html
ゴジさんが躊躇した場所へ、石井輝男が軽やかに飛べたのは、なぜだろう、などと考えると楽しいです。

*1:対岸に紅い花が咲き乱れるという、たぶんに大げさな表現ではありましたが