絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

「バカの壁」と「パレカビ」について。

 養老せんせいの「バカの壁」がとても売れているらしい。「唯脳論」から読み始めたにわかファンとしても、彼の本が百万部も売れる事態には驚きを隠せない。僕がよく模倣する彼の文体は、いわゆる悪筆であって、ブームにはなりこそすれ、ベストセラー化するようなものではないように思えるからだ。ではなぜ「バカの壁」は売れたのか。

 澁澤龍彦の著書「快楽主義者の哲学」は、巻末の解説によれば澁澤が家を建てる為の金稼ぎとして出した「売る為」の本だったらしい。内容は編集者の聞き書きに近いものなのか、とりとめがなく、入門書としての体裁を整えた感が強い。この本の価値はその特殊性にある。編集者に対する愚痴や、わかりやすく例えられたエピクロスらの逸話は、この本でなければ読めないのだ。だから、この本だけを読んで澁澤の価値を計る者がいたとすれば、その人物はかなりのおっちょこちょいなのであるよ。

 確かめてみれば案の定「バカの壁」も編集者の聞き書きであった。ならば百万部突破もうなずけるというものだ。編集者の仕事は本を売ることであって、啓蒙することではない。養老孟司が今までしてきた主張とあまり関わりのなさそうな「バカの壁」というタイトルも、とりとめなく時事ネタを含んだ内容も、売らんかなの精神あふれる編集者の力量なのだろう。

 ここで話は映画「パイレーツオブカリビアン」に飛ぶ。かの映画はディズニーランドのアトラクション「カリブの海賊」を映画化したものだが、この映画を観て「批評」する愚行だけは避けなければならない。この映画はアトラクションの映画化であって、それ以上のものではない。監督の作家性や歴史描写の目新しさは、この映画の魅力ではない。この映画で楽しむべきなのは有機的にからむ無駄のないスクリプトの妙味と、古典海賊映画的剣劇、そしてジョニー・デップなのである。他の刺激を予想して劇場へ向かわれた方にはご苦労様としか言い様がない、ディズニー資本でブラッカイマープロデュースの作品に対して何を求めているのだか。(似たような映画に「ハムナプトラ」がある、このシリーズには映画の中盤に面白くもない旅のシーンが挟まるのだが、これは何かというとトイレ&ポップコーンタイムなのである。クライマックスへ向けての中だるみは、観客の為に作られているのだ!)

 このように、より多くの観客を楽しませる為の娯楽には、素人には素人の、通には通の為の楽しみ方が含まれている。バカは自分の見えている世界だけが真実だと思っているので、この多方向の楽しみ方がわからない。養老せんせいの喋りの魅力はトンデモすれすれのヨタ話(そして脱線)にあるのに、鬼の首を取ったようにその点を(書物として)批判していい気持ちになっているバカがネットには結構いる。

 と言いながら僕は「バカの壁」を未だに読んでいない。あまり面白そうではないし、どうせすぐ古本屋に並ぶだろうと思って買っていないのだ。だから僕は批判する必要がない、小部数の本を騙されて買ったならまだしも、百万部も売れた本をわざわざ買って批判してる人は何が楽しいんだろうね。