絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

『GoGo』 第五話

「今夜はよい月が出ているね」
 そう言うと、しばらく待ってから、あいつは手にした鎖を強くたぐりあたしに返答を要求した。あたしは返答を拒んだのではなく、たださっきあいつが吐いたものがあたしの口内には溜まっていて、口をひらくとあたしも吐いてしまいそうだったから、黙っていただけだった。
 この家に逃げ込んで裸にされてから、何時間経ったのかわからない。ひどく殴られたせいか頭はぼうっとしていたし、窓の外に見える月がどっちに出ているのかさえわからなかった。あいつは夕飯に何を食べたのだろう、甘くて苦い。あたしの嫌いなものは食べてないみたいだった。ソファに沈み込んだ体をおっくうそうに起こし、立ち上がったあいつが近づいてくると、あたしのなかでお母さんが泣き出した。あたしは濡れていて、それをあいつに指摘されるのを期待していた。

「お前くらいの細い腕でも、寝ている男の首の骨を折るのは簡単だ。確かにあの男を殺したのはお前じゃないかもしれない、だがこれから先お前が殺すのがあの男じゃないとなぜわかる?」
 あいつはあたしの中に右手の指を三本突っ込みながら嬉しそうにそう言った。指を途中でまげて掻き回す。あたしは息が苦しくなって、つい口をあけて中に詰まったものを出してしまった。あいつは何も言わずに左手であたしの顔を何度も叩いた。右手の動きはさっきよりもはげしくなっていた。叩かれるたびに眉間の奥でちいさなひかりが生まれた、くらやみで、ライターをこするようなひかり。体が勝手にけいれんしていた。

「犬はかわいそうだったか?お前は犬の為に泣いてやることができたのか?」
 あたしは殺した犬の顔が震える犬の顔が血みどろの犬の顔があんたのちんぽに見えてとてもかわいそうで泣いてしまったとか言って殴られたかったけど口が思い通りに動かなかったのでただ泣いた。

 新聞にはもうあたしの事が載っていた。もちろん名前も顔もわからないようにしてあるけどあれはあたしだと誰でも気が付くだろうしきっとあたしの家の周りは私服の刑事と新聞記者と野次馬が被爆地のように色分けされた層になってとりまいているだろう。中学生で女の殺人者はめずらしいから逃げてもすぐにつかまるに違いない。だからといってこの隣の家に住んでいる何の仕事をしているのかもわからない裕福な家庭の男に、隣の家の女子中学生に鎖をつけて犬を殺させる男に助けられることが、警察につかまることよりもあたしにとって安全だとは思わない。
 全ては平等に価値がなかった。
 
「お前には才能がある、人間としての力もある、本もよく読むしな。もちろん本当は、ペットとして飼うつもりだったんだが、それはやめよう。お前にはこれから、猟犬としての訓練をする、長くは生きられないかもしれないが、それは充実した人生になるだろう」

 二日後、床の上で寝ていたあたしに、あいつは新聞紙を押し付けた。新聞には、あたしと同じ年齢の女の子が、学校の裏で殺人を苦に自殺したのだと書いてあった。

 あたしは、死んだらしい。